古代から愛され続ける独特の香り
フランキンセンスと共にイエス・キリストへの捧げものとして新約聖書にも登場するミルラ。5,000年以上も前から珍重されたと言われる世界的に歴史のある薫香の一つで、古くは医薬品感覚でも使用されていました。現在は甘く神秘的な香りから香料として様々な製品に配合されている他、スキンケアに対しても高い効果が期待されています。ただし精油の有効性は認められておらず、皮膚刺激があるため効能を鵜呑みにするのは危険です。
Contents
ミルラ(没薬)とは
ミルラの特徴・歴史
スモーキーで甘い、どこか神秘的な芳香を持つミルラ。個人的にはオリエンタルな占い師の館を連想する香りです。古代からフランキンセンス(オリバナム/乳香)と共に地中海沿岸地域で珍重されてきた歴史を持つ薫香の一つで、日本では“没薬”とも呼ばれています。古い時代にミルラが珍重されたエピソードの代表と言えるのが、新約聖書の中でイエス・キリストの誕生を祝うためにベツレヘムへと駆けつけた東方の三博士のくだり。『マタイによる福音書(2:11)』では“彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた”と金に並ぶ物としてフランキンセンスとミルラが登場しています。イエス・キリストが誕生したのは現在より約2,000年前のことですが、ミルラはそれ以前から珍重されてきたことから“世界で最も歴史ある薫香の1つ”とも称される存在です。
バビロニア人とアッシリア人もミルラを儀式の薫香として利用していた、古代エジプトでも儀式用の薫香として重要視され、また現在で言う軟膏の原料として活用されていたと推測されています。古代エジプトでは優れた香りと抗菌・防腐作用を持つと考えられ、ミルラがミイラ作りの防腐剤としても利用しました。処置された遺体を「ミイラ」と呼ぶようになったのも、ミルラに由来するのではないかという説もあります。ミルラがいつから古代エジプトでミルラが使用されてきたのかは断定されていませんが、紀元前25世紀初頭にエジプト古王国を統治したサフラーがプント国への遠征を命じこの時に没薬を入手したのではないかという説もあります。紀元前15世紀に古代エジプトを統治したハトシェプスト女王もまた、プント国から乳香と没薬を輸入した・ハトシェプストの代表団はプントから31本のミルラの木を持ち帰ったと伝えられています。
旧約聖書の『創世記(37章)』にも“ギルアデからエジプトに向かうイシュマエル人の隊商がラクダに樹膠と乳香と没薬を背負わせている”という描写があります。『創世記』の後半はモーセが出エジプトを果たす以前、イスラエル人達がなぜエジプトに住むようになったのかというエピソードが書かれている部分。諸説ありますが、古代エジプト王朝がイスラエル人を優遇した時期は紀元前18世紀~紀元前16世紀頃との説が有力ですから、ハトシェプスト女王以前から交易は行われていたのかもしれません。ちなみに『創世記』から続く『出エジプト記』の中でも、主(神)からモーセへと伝えられた儀式方法の規定の中で“最も良い香料”の代表としても没薬が登場しています。また、起源前14世紀のファラオであるツタンカーメン王の墓からも乳香や没薬が入った香料壺が発掘されていますから、当時は高級品だったことが窺えますね。
ちなみに、乳香(フランキンセンス)と没薬(ミルラ)はセットで登場することが多い存在。共にカンラン科に分類される樹木から採集される芳香性樹脂であり、どちらもアフリカ東部からアラビア半島にかけての地域に自生している=原産地も重なることが大きいようです。とは言えフランキンセンスはボスウェリア属に分類されるのに対し、ミルラはコンミフォラ属(ミルラノキ属)から採取される樹脂全般を指す言葉。ミルラと呼ばれる樹脂自体も種類や産地によって香りが異なりますが、レモンのような香りを持つフランキンセンスと芳香ではあまり似ていません。ちなみにコンミフォラ属のうち香料としてはソマリアやアラビア半島南部産のCommiphora myrrhaが最上級品とされています。同属ではありますが、主にアフリカに自生するCommiphora guidottiiの樹脂はオポパナックスもしくはスイートミルラと呼び分けられています。
古代エジプトだけではなく、古代ギリシアやローマもミルラを輸入し薫香や生薬として利用していたことが分かっています。古代ギリシアでは兵士の血止めとして用いられていたと考えられていますし、傷以外に様々な病気の治療に利用されていたという説もあります。新約聖書に登場する東方の三賢者には色々な解釈があり、黄金=偉大な商人・ミルラ=偉大な医者・フランキンセンス=偉大な預言者を象徴しているという説もあります。5~10世紀頃にはインドや中国の伝統医療にもミルラはロ取り入れられ、風邪や喉の炎症に対して使用されていたようです。日本で使われている没薬も元々は中国で生薬名として付けられたもので、没は苦味を意味するため“苦い薬”が由来だとか。ミルラ(Myrrh)の語源については諸説ありますが、中国語と同じく苦いという意味のアラビア語“mur”に由来するという説が有力視されていますよ。現在では一部の伝統医療を除いてミルラが薬として用いられることはなくなっていますが、お香や香水など芳香製品の原料・歯磨剤やガムなどマウスケア商品などに利用されています。
香料原料データ
- 通称
- ミルラ(Myrrh)
- 別名
- 没薬(もつやく)、没薬樹(モツヤクジュ)、コモン・ミルラ(common myrrh)、ソマリア・ミルラ(Somali myrrhor)、マー(Myrrh/ M ɜːr /)
- 学名
- Commiphora myrrha
(syn.Commiphora molmolなど) - 科名/種類
- カンラン科コンミフォラ属(ミルラノキ属)/低木
- 主産地
- ソマリア、オマーン、イエメン、スーダン、エチオピア
- 抽出部位
- 樹脂
- 抽出方法
- 水蒸気蒸留法
- 色
- 淡黄色~琥珀色
- 粘性
- 高い
- ノート
- ベースノート
- 香り度合い
- 強め
- 精油成分
- フラノユーデスマ-1,3-ジエン、クルゼレン、リンデストレン、δ-エレメン、β-エレメン、エレモールアセテートなど
- おすすめ
- 芳香浴・アロマバス・マッサージ・スキンケア・ヘアケア
スパイシーさの中に樹脂っぽさを含む、甘くスモーキーな香り
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ミルラ精油に期待される働き・効能
精神面への作用と効果
ミルラの香りには鎮静作用と強壮作用が期待されています。ちなみにミルラの精油の主成分はフラノユーデスマ-1,3-ジエン(furanoeudesma-1,3-diene)とクルゼレン(curzarene)という2つのセスキテルペン炭化水素類であり、2016年の『EXCLI Journal』に発表されたセルビアの研究チームによるGC/MS分析ではこの2成分で精油成分の70%近くを占めていることが示されています。その他の精油成分もセスキテルペン炭化水素類が大半となっています。ミルラに含まれているフラノユーデスマ-1,3-ジエンなどの成分、もしくはミルラの芳香が神経・精神面への作用を持つかについての調査はほとんど行われていません。
ミルラに期待されている精神面への働きかけは伝統や民間療法上のものため、心のサポートについても様々な見解があります。儀式の薫香や瞑想に使われていたことから鎮静作用を持つという説もありますし、スパイシーで甘い香りは神経・精神面に対して刺激・強壮作用を持つという説も。総合して“心のバランスを整える精油”と紹介されることもありますから、ストレスや精神的な疲労感を感じている時に取り入れてみても良いかもしれません。
その一方で、刺激作用を持つと考えられているため気力が衰えてしまい無気力になっているとき・気持ちの落ち込みが激しい時に適した精油と紹介されることもあります。様々な働きが囁かれているミルラの精油。結局のところ芳香の効果は信用できる研究機関によって認められたものではありませんので、個人的な感じ方による影響もあるように思われます。癒やされる香りであると感じたならリラックスシーンに、背中を押してくれそうだと感じたならば萎えそうな気持ちを奮い立たせたいシーンに活用するのが良いのではないでしょうか。
肉体面への作用と効果
ミルラの精油の中で含有率が高いフラノユーデスマ-1,3-ジエン(furanoeudesma-1,3-diene)という成分は、他のポピュラーな精油類の成分表を見てもほとんど見かけることのない存在。ミルラの特徴成分と言える芳香成分です。このフラノユーデスマ-1,3-ジエンの働きについては未解明な部分が多いのですが、研究では鎮静作用が見られたという報告が多くされています。全体的に見ても抗炎症作用や鎮痛作用を持つことが多いセスキテルペン炭化水素類が多く含まれている事が特徴で、ミルラ抽出物を使用した動物実験では鎮痛・抗炎症作用を持つ可能性があると報告されています。このため頭痛や関節痛・リウマチなどのマッサージにミルラ精油は利用されています。
また、ミルラは伝統医療の中で消化促進に役立つハーブ(生薬)として利用されてきました。伝統的効能についての研究も行われており、2015年には『Planta Medica』にミルラを投与したマウスに鎮痙作用が見られたことが、2016年の『Open Journal of Gastroenterology』には胃潰瘍の治療に役立つ可能性を示唆した研究報告が掲載されています。これらはマウスを使った初期実験であり有効性については実証されていないものの、抗炎症作用や鎮痛作用を持つことが関係しているのでは無いかと考えられています。精油による芳香やマッサージについての有効性は更に分かっていませんが、フラノユーデスマ-1,3-ジエンに消化促進・消化管粘膜作用があるという説もあり、精油も消化器系の不調の緩和に用いられることがあります。
そのほかミルラは風邪、咳、気管支炎、喘息などの呼吸器系トラブルに使用されてきた歴史もあります。こちらも有効性は分かっていないものの、鎮痙作用や抗炎症作用によって炎症の緩和に働きかける可能性はありそうです。加えてミルラ精油は試験管研究で優れた抗菌作用や抗ウィルス作用を持つことも報告されいること・免疫系を刺激して白血球生成を促す可能性が示唆されていることから、芳香浴に使用することで風邪やインフルエンザなどの感染症予防・風邪の初期症状ケアに役立つのではないかとの声もあります。
女性領域のサポートにも…?
ミルラには若干の通経作用(月経促進作用)があると考えられ、古くは月経促進剤としても利用されました。現在でも中医学では無月経や少量月経・月経不順・生理痛や月経困難症の治療にミルラを使用することがあるようですが、作用秩序や人に対する有効性は分かっていません。とは言え子宮収縮が促される危険性がありますので妊娠中の方は使用を避けたほうが確実でしょう。生理中の使用も控えたほうが良いという指摘もあります。
その他に期待される作用
>肌への働きかけ
ミルラは抗炎症作用を持つ精油であり、瘢痕形成・癒傷作用や、保護特性(皮膚の保護作用があると考えられています。このためヨーロッパを中心に床ずれ・あかぎれ・かかとのひび割れ・虫刺されやかぶれによる痒みなどに、ミルラ精油を希釈してトリートメントオイルとして用いることがあるようです。古代から高い抗菌・抗真菌作用を持つとして消毒に用いられてきた歴史や抗細菌作用が報告されていることから、水虫やカンジダ対策にも期待されています。スキンケア用としても皮膚を清潔に保つことや保護性が評価され、乾燥肌やニキビ予防などに役立つ精油の一つに数えられています。
また、試験管試験ではミルラ精油に優れた抗酸化作用があることも報告されており、2005年にはフランスの研究でミルラオイルはビタミンE(α-トコフェロール)よりも高い一重項酸素に対する消光活性が見られたことも『Fitoterapia』に発表されています。瘢痕形成・癒傷作用は皮膚細胞の活性化やターンオーバー促進にも繋がると考えられることから傷跡の回復促進、収斂作用を持つという説と合わせてシワ予防などのアンチエイジング・エイジングケア効果を期待して使用されることもあります。同じくアンチエイジングに注目されているフランキンセンスと組み合わせて配合されているスキンケア製剤もあるそう。
ただし、ヨーロッパのハーブ医薬品委員会Committee on Herbal Medicinal Products(HMPC)による評価レポートでは“局所適用後の抗炎症効果に関しての有効性を示すデータはない”とされていますし、敏感肌の方はアレルギー性接触皮膚炎を起こす危険性も指摘されています。アロマテラピー関係ではじくじくした傷・腫瘍・なかなか治らない傷のケアに優れた効果を発揮するとの見解が強いようですが、こうした状態に精油を使うと炎症を悪化させてしまう場合もあるので注意が必要です。自己判断での使用は避けたほうが確実でしょう。
口腔ケアに用いられることも
ミルラは高い殺菌・消毒作用や抗炎症作用を持つと考えられることから、歯肉炎・口内炎・歯槽膿漏など口腔や歯茎トラブルに対しての有効性が研究されている精油でもあります。チンキはマウスケア系の商品に配合されている他、健胃作用と合わせて胃の不調から起こる口臭予防としても役立つのではないかという説もあります。このため蒸気吸引時などに口腔ケアにも繋がる可能性もありますが、ご自身でミルラ精油を口腔ケア用品に加えるのはリスクが大きいので避けたほうが良いでしょう。
ミルラが利用されるシーンまとめ
【精神面】
- ストレス・神経疲労
- 不安・心配・緊張
- 気持ちの落ち込み・無気力感
- リラックスしたいとき
- やる気を高めたい
- 自分を元気づけたい
【肉体面】
- 消化不調・胃痛・腹痛
- 関節炎・神経痛・リウマチ
- 風邪・インフルエンザ予防
- ニキビ・水虫(白癬)対策
- 乾燥・ヒビ・アカギレに
- 肌のアンチエイジングに
ミルラの利用と注意点について
相性の良い香り
ウッディー系やオリエンタル系の香りと相性が良いとされています。香りが強いだけではなく持続力も長いので、香りが抜けやすい柑橘系の精油やトップ~ミドルノートのフローラル系と組み合わせて使われることも多い存在です。
ミルラの精油は粘度が高く、揮発に伴って更に固化していきます。キャップが固まり開きにくくなりますので、使わない場合でも時折キャップを開け閉めすることをお勧めします。早めに使いきれるよう、少量ずつ購入するのがベター。また、色が濃い目で香りも強い精油ですから、衣服などに付着するとなかなか取れません。一滴落としにくいからと瓶を振ってしまうと大惨事になりますので注意してください。
ミルラのブレンド例
- ストレス・不安対策に⇒ラベンダー、ベルガモット、オークモス
- 胃腸機能サポートに⇒オレンジ、アニスシード、ナツメグ、ライム
- 風邪予防も兼ねて⇒レモン、ローズウッド、ジュニパー、マンダリン
- 乾燥・肌荒れのケアに⇒フランキンセンス、パチュリ、カモミール
ミルラ精油の注意点
- 妊娠中・授乳中の方、小さいお子さんへの使用は避けましょう。
- 皮膚を刺激する可能性があるため、敏感肌の方は使用に注意が必要です。
- 疾患がある方・投薬治療中の方は医師に確認してから利用して下さい。
- 高濃度での使用は毒性を生じる可能性も指摘されています。適正に希釈して用いましょう。
- アロマテラピーは医療ではありません。効果や効能は心身の不調改善を保証するものではありませんのでご了承ください。
- 当サイトに掲載している情報は各種検定とは一切関わりがありません。
参考元
- A Wise Man’s Cure: Frankincense and Myrrh
- Assessment report on Commiphora molmol Engler – HMPC
- 11 Surprising Benefits and Uses of Myrrh Oil
- Sensitivity of clinical isolates of Candida to essential oils from Burseraceae family
- Local anaesthetic, antibacterial and antifungal properties of sesquiterpenes from myrrh.