心のケアからスキンケアまで幅広く
ミルラとともに新約聖書にも登場するフランキンセンス。アラビアでは6,000年以上も前から交易品として用いられていたとも伝えられる、世界屈指の歴史を持つ薫香の一つです。古代から宗教儀式に多用されたこともあり精神的な部分でのサポートが期待されているほか、近年はスキンケア精油としても注目されています。様々なフランキンセンスの効能が囁かれていますが、精油に含まれない成分の研究報告との混同もあります。

Contents
フランキンセンス(乳香/オリバナム)とは
フランキンセンスの特徴・歴史
古代から受け継がれる神秘的な香りであり、近年はエイジングケア適した精油としても話題となったフランキンセンス。レモンのようなと称されるスッキリとした香りが特徴的な芳香性樹脂が原料で、精油もバルラミック感よりは爽やかさを強く感じる香りです。日本ではフランキンセンスよりも「乳香」という呼び名のほうが馴染みがあるかもしれません。乳っぽい香りがあるわけでもないのに「乳香」と呼ばれている理由は、樹液の色が乳白色をしているから・輸送によって表面が白く粉が吹いたような状態になっていたからという2つの説があります。また、フランキンセンスではなくオリバナム(olibanum)と呼ばれることもありますが、こちらはラテン語の“libanum(レバノン産の油)”もしくはアラビア語の“乳”を表す言葉が語源とされています。呼び名の由来説には樹脂の白さが登場しますが、空気に触れて固化したフランキンセンス樹脂はやや暗めの乳白色から橙色をしています。
フランキンセンスや乳香・オリバナムという言葉はカンラン科ボスウェリア属のうち5種類の樹木から採集される芳香性樹脂の総称。その中で最上級品とされているのはオマーン、イエメン産のBoswellia sacraiの樹脂です。小売の精油として流通しているものはBoswellia carteriiを原料としているものが多いように感じられます。種類・産地を問わなければそこまで高価ではない香料という認識が多かったフランキンセンスですが、2018年夏に『Nature Sustainability』に“世界の無傷の乳香の森の半分が20年以内に失くなってしまう可能性がある”という研究も発表されています。減少の理由は気候変動だけではなく、農業のために森林が焼かれる・戦争など複数。そのほか自然志向の人が増えて需要が急増したことで、現金収入のために短時間で可能な限り多くの樹脂を採ろうとして木を痛めつけてしまうことも問題視されています。気候変動以外は人間の意識でなんとか出来る問題。乳香の木を植えるプロジェクトも行われていますし、消費者側としても無駄遣いをしないよう心がけたいものですね。
フランキンセンスはミルラと共に“世界で最も歴史ある薫香の1つ”とも称される存在。古代エジプト、バビロニア、ヘブライなど様々な文明の中で宗教儀式に用いられてきた薫香と考えられており、紀元前40世紀のエジプト墳墓からも埋葬品として乳香が発掘されています。旧約聖書の『創世記(37:25)』には“ギルアデからエジプトに向かうイシュマエル人の隊商がラクダに樹膠と乳香と没薬を背負わせている”という描写があります。没薬や乳香が登場する『創世記』の後半はモーセ率いるイスラエル人達がエジプトから脱出する以前、なぜ彼らがエジプトに住むようになったのかというエピソードが書かれている部分。おそらく紀元前18世紀~紀元前16世紀頃を描いていると推測されていますし、アラビア半島のフランキンセンス取引については6,000年以上も前から行われているという説もあります。世界で最も歴史あると称されるのも納得ですね。アラビア半島の南東にあるオマーンは乳香の名産地・乳香貿易で栄えた街であり、古代の乳香交易路とも言える「フランキンセンスの国土(乳香の道)」という世界遺産が残っています。
フランキンセンスの歴史として旧約聖書よりも紹介されるのは新約聖書でイエス・キリストの誕生を祝うためにベツレヘムへと駆けつけた東方の三博士のエピソード。『マタイによる福音書(2:11)』の“彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた”という描写ではないでしょうか。当時はミルラやフランキンセンスは黄金と同等の価値を持つものとして扱われていたことが分かりますし、黄金=偉大な商人・ミルラ=偉大な医者・フランキンセンス=偉大な預言者を象徴しているという解釈もあります。イエス・キリスト誕生のずっと前からフランキンセンスは宗教儀礼の薫香として重要な存在だったと推測されていますから、現代風に言えばスピリチュアルな感性を高めると信じられていたのかもしれません。ローマ皇帝のネロにも愛人の葬儀のために一日中乳香を焚かせ続けたという、暴君らしからぬロマンチックなエピソードがありますよ。
とは言えフランキンセンスが薬用利用されていなかったというわけではなく、古代エジプトの医学書『エーベルス・パピルス(Ebers Papyrus)』には乳香が呼吸器系トラブルに良い生薬として登場するようです。中医学では感情バランスや関節痛に、アーユルヴェーダでは呼吸器系トラブルやリウマチの治療に使用されてきました。日本でこそあまり馴染みがないものの西洋・東洋どちらでもフランキンセンスは伝統医療・民間療法に使用されており、現在も医療への応用について研究が進められています。もちろん多くのキリスト教教会では現在でも祭事の際に乳香が焚かれていますし、フランキンセンスの精油は香水業界からの需要も高くシトラス系・オリエンタル系・フローラル系など系統を問わず配合されています。ちなみにフランキンセンスの精油(エッセンシャルオイル)はパチョリやサンダルウッドなどと同様に、時間の経過に伴い香りが良くなる性質を持った精油の一つ。急いで使わないと香りが抜けてしまうということもありませんから、樹脂の過剰採集を避けるためにも少しずつ大切に使いたいものです。
香料原料データ
- 通称
- フランキンセンス(Frankincense)
- 別名
- オリバナム(olibanum)、乳香(ニュウコウ)
- 学名
- Boswellia carterii
Boswellia sacraなど - 科名/種類
- カンラン科ボスウェリア属/低木
- 主産地
- オマーン、ソマリア、イラン、レバノン
- 抽出部位
- 樹脂
- 抽出方法
- 水蒸気蒸留法
- 色
- 淡い黄色~黄緑色
- 粘性
- 少しある
- ノート
- ベースノート
- 香り度合い
- 強め
- 精油成分
- α-ピネン、リモネン、α-ツジェン、α-フェランドレン、β-カリオフィレン、δ-カジネン、ミルセン、サビネンなど
- おすすめ
- 芳香浴・アロマバス・マッサージ・スキンケア・ヘアケア
ほのかにレモンの様な爽やかさを含む、澄んだ神秘的な香り
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フランキンセンス精油に期待される働き・効能
精神面への作用と効果
フランキンセンスは古くからスピリチュアルな感性を高める薫香として利用されてきた存在で、現在でも宗教的な儀礼・ヨガや瞑想などにも取り入れられています。精油の働きとしても、鎮静作用によって緊張・不安・イラつきなど心の乱れや感情の波を落ち着かせてくれること、呼吸をゆっくりにすることで心を鎮める働きがあると考えられています。このため心を静かに保って自分と向き合いたい時に適した精油としても評価されており、激しい緊張やショックによるパニック状態からの回復などにも効果が期待されています。気持ちと呼吸を安定させることで集中力を高めたり、心をニュートラルな状態にリセットすることで前向きさ・モチベーションを取り戻すのに役立つという説もありますよ。
成分的に見てもフランキンセンスは森林浴効果・強壮作用が期待できるα-ピネン、鎮静・リラックス効果が期待できるリモネンを筆頭にモノテルペン含有率が高いことが分かっています。加えてマウスを使った実験ではフランキンセンスに含まれている酢酸インセンソール(Incensole acetate)の投与によって不安や抗うつ作用が見られたことが報告されており、2015年5月の『Phytochemistry』には“インセンソールとそのアセテートは脳内のTRPV3チャネルを活性化して不安や抑うつを緩和する”との論文も掲載されています。大抵の精油に付けられている成分表でインセンソールの記載は見かけませんが、同論文によればエッセンシャルオイルと乳香の樹脂の両方で検出されたようです。現時点では人での研究が行われておらず可能性段階ですが、作用秩序の解明によりうつ病様疾患・神経疾患治療に役立つ可能性が示唆されています。
肉体面への作用と効果
フランキンセンス精油はメンタルサポートとして優れた効果が期待されていることから、ストレス・精神面に起因する不調の軽減にも広く利用されています。精油成分のうち含有率の高いα-ピネンには抗菌作用があることが報告されているほか、抗炎症作用や鎮痛作用も期待されています。このためストレスに起因する頭痛や腹痛・胃痛などの軽減だけではなく関節炎やリウマチなどによる痛みのケアに取り入れられることもあります。
ちなみに、試験管および動物試験ではフランキンセンスに含まれているボスウェリア酸(Boswellic acid)に優れた抗炎症作用がある可能性や、ボスウェリア製剤によって被験者の変形性関節症や関節リウマチの炎症軽減効果が見られた事が報告されています。しかし、人での有効性をしたしたものはサプリメントなどの製剤の経口摂取。しかもボスウェリア酸は不揮発性のトリテルペンのため、水蒸気蒸留された精油には含まれていません。フランキンセンスの精油に含まれているα-ピネンにもヒト軟骨細胞を使用した試験管試験では抗炎症および軟骨保護活性を持つ可能性が示唆されていますから、人によっては炎症軽減に役立つケースもあるかもしれませんが、「抗炎症薬と同等の効果」などは期待しないようにしましょう。フランキンセンスの慢性下痢やクローン病に対する有益性を示唆した報告も同様に経口摂取による試験のため、芳香浴やマッサージによる有効性を裏付ける証拠はありません。
呼吸器系の不調・風邪予防について
フランキンセンス(乳香)は『エーベルス・パピルス』が研鑽された古代エジプト時代から、伝統的に呼吸を整えるハーブの一つとしても用いられてきました。精油も民間療法の中では咳、気管支炎、喘息など呼吸器トラブルのケア用いられています。現代でもフランキンセンスが呼吸器に及ぼす影響は研究されており、息切れや喘鳴などの症状改善が見られたとの報告もあります。しかし、こちらも基本的にはフランキンセンス抽出物を含む製剤(サプリメント)の摂取実験であり、抗炎症作用や呼吸器筋肉の収縮を促すロイコトリエン阻害作用を持つ可能性がある成分としてボスウェリア酸が登場しています。精油を使用した芳香吸引やマッサージによって有益な作用が得られるかは分かっていません。
精油に期待できる働きとしては2003年3月-4月の『ZeitschriftfürNaturforschung C:A Journal of Biosciences』に発表されたエジプトの研究で“フランキンセンスオイルは強い免疫刺激活性を示した”ことが報告されており、テルペンの働きによるものと推測されています。フランキンセンスの精油に多く含まれているα-ピネンやリモネンなどのモノテルペン炭化水素類には抗菌・抗ウイルス作用が報告されているものも多いため、風邪などの感染症予防に役立つ可能性はあるでしょう。
冷え・女性の不調緩和にも期待
鎮静作用によって副交感神経の活発化・自律神経のバランスを整えることにも繋がると考えられることから、フランキンセンスは更年期障害や生理前のイライラ他PMS(月経前症候群)による精神的トラブルの軽減にも取り入れられています。フランキンセンスにはホルモン様作用を持つ成分は含まれていませんが、自律神経を整えることでホルモンバランスの乱れを予防する働きも期待されています。そのほか子宮強壮作用があり月経不順や生理痛の緩和に良いという説もありますが、フランキンセンスが女性の体に対してどう作用するのか研究は行われていません。ストレス対策の一環として取り入れる程度にしましょう。
その他に期待される作用
肌への働きかけ
フランキンセンスは肌に対して有益な作用を持つと世界中の女性に注目されている精油でもあります。古くはクレオパトラが若さと美しさを保つために現代で言うフェイスパックやローションのようにしてフランキンセンスを使用していたという逸話もあり、日本でも「若返りの精油」として報じらたことで一時期ちょっとしたブームになりました。フランキンセンスが肌のアンチエイジングに使用されてきた逸話があるのは、伝統的に収斂作用と皮膚細胞の成長促進作用を持つと考えられていたため。収斂作用は肌を引き締めることでシワやたるみの改善に、皮膚細胞成長促進作用は出来てしまったシワや傷跡などの回復を促すことに繋がると考えられます。
こうしたフランキンセンスの効能は伝統医療上の神話と考えられていましたが、2017年の『Biochimie Open』に発表された研究ではフランキンセンスエッセンシャルオイルがヒトの皮膚線維芽細胞に作用し、炎症誘発性バイオマーカーであるIP-10およびICAM-1のレベルを有意に低下させたこと・組織のリモデリングをサポートする可能性があることが報告されています。作用が実証されたとは言えない段階ですが、この報告によってアンチエイジングや傷跡・ニキビ跡・妊娠線などの緩和に役立つのではないかと期待度が高まっています。抗炎症作用を持つ可能性が示唆されていることから皮膚トラブルに役立つのではないかという見解もありますが、敏感肌の方はアレルギー性接触皮膚炎を起こす可能性も指摘されていますから現在進行系の炎症部位に使用するのは避けましょう。
また、フランキンセンスが保湿剤としてスキンケア製品に配合されています。収斂作用によって皮脂分泌を抑えることにも繋がるため「皮脂バランスを整える」と称されることもあり、抗菌・抗炎症作用が期待できることと合わせてニキビ予防にも効果が期待されています。根拠がある主張ではないようですが、肌の強壮作用をち肌タイプを問わず総合的に美肌作りをサポートしてくれる精油という評価も一部ではなされているようです。ちなみに皮膚の光老化を治療する・紫外線ダメージを減らすという説はボスウェリア酸を配合したクリームを使ったイタリアの研究が元になっていると考えられるため、精油の場合は期待しないが吉。
フランキンセンスが利用されるシーンまとめ
【精神面】
- 精神疲労・ストレス・不安
- 気持ちの落ち込み・抑うつ
- 緊張・イライラ・興奮
- 心の平衡を保ちたい
- 気持ちをリセットしたい
- 自分と向き合いたい
- 瞑想のお供に
【肉体面】
- ストレス性の不調緩和
- 関節炎やリウマチの軽減
- 風邪・インフルエンザ予防に
- 肌のアンチエイジング
- 脂性肌ケア・ニキビ予防
- 傷跡・ニキビ跡のケアに
- 乾燥肌・混合肌のケアにも
フランキンセンスの利用と注意点について
相性の良い香り
スパイス系・オリエンタル系の香りと相性が良いとされています。フランキンセンスのセ油は粘度が高く香りの持続率も良いので、香りが抜けやすい柑橘系とのブレンドにも適しているでしょう。ネロリとブレンドすると相乗効果を発揮するという説もあります。
フランキンセンスのブレンド例
- 気分の落ち込みに⇒ベルガモット、オポパナックス、バイオレット
- 元気が欲しい時に⇒オレンジ、ゼラニウム、グレープフルーツ
- 風邪予防・ケアに⇒柚子、パイン、シナモン、ブラックペッパー
- スキンケア用として⇒ネロリ、ローズ、ラべンダー、ミルラ
フランキンセンス精油の注意点
- 妊娠中・授乳中の方、小さいお子さんへの使用は避けましょう。
- 皮膚を刺激する可能性があるため、敏感肌の方は使用に注意が必要です。
- アロマテラピーは医療ではありません。効果や効能は心身の不調改善を保証するものではありませんのでご了承ください。
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参考元